2007年11月アーカイブ

ドーチカ商店街を歩く。
仕事の行き来で通る。朝又夜には通勤の行き帰りで人通りは多く、昼時は昼ご飯にと人の往来が多くなる。

個人的にも、ドーチカにあるインディアンカレーには昼時に何度か使った。

飲食店が多く、散髪屋、ATM、SOFTBANK、AU、DOCOMO、眼鏡屋と通勤客およびオフィス街のニーズにそう店となっているようだ。

大阪府商店街振興組合連合会のHPには大阪の商店街が紹介されており、ドーチカも紹介されていた。

次のような紹介文が載っていた。

しあわせエンジェル、ときめきエンジェル、 たくさんの綺麗な出会い、ドーチカで。

この街は、天使がほほえむ街だから。通りを歩けば、お店とのふれあいとLOVEに包まれて・・・。

心が和むその場所で、きっとあなたも  エンジェル・スマイル。すてきな時間が待っています。

『ドーチカ』は《Heart angels》をテーマに2003年3月3日、リニューアル・グランドオープンしました。

『ドーチカ』の愛称で親しまれているドージマ地下センターは1966年、大阪で3番目の地下街として誕生しました。

2003年3月3日、開業以来初の全面大改装で「天使の街」へと生まれ変わりました。

新しいドーチカはコンセプト《Heart Angels》をもとに"全ての人々に優しい街"を目指し、天使の舞う空やテーマを伝えるエンジェルポスターギャラリー、天使が集う「天使の広場」「いこいの広場」「願いの広場」を配し街中に天使が溢れる心地よい空間と、バリアフリーに配慮した多目的トイレや車椅子用リフトなどの設備で快適な空間をつくり、お客様サービスセンターも新設しました。

そして店舗も全面改装しグルメからショッピングまで個性溢れる多様な店舗を迎えて総数56店でスタートしました。

創業からのご愛顧にお応えできるよう"天使のこころでおもてなし"をモットーにお客様に愛される街づくりに努めています。

地下鉄西梅田駅から入る。

左側は薬局(コクミン)、喫茶店2軒、カレー(インディアンカレー)、飲食店(しゃぶしゃぶ)、ATM、合鍵、クリーニング屋、衣料品店(きもの)、衣料品店2軒、靴屋、アクセサリー店、薬局(コクミン)となる。

右側はATM、喫茶店、アクセサリー店、チョコ?、飲食店(韓国料理)、飲食店(とんかつ さぼてん)、飲食店(中華)、本屋(旭屋)、はんことなる。


さらにすすみ、左側は、雑貨店、マッサージ店、金券ショップ、理容室、ゴルフショップ、和菓子(千鳥屋)、パン・弁当、喫茶店(ドトール)、飲食店(立ち食いそば)、居酒屋、ジュース、飲食店、飲食店(中華 中央軒)、飲食店(うどん屋 杵屋)となる。

右側は時計、メガネ屋(メガネの三城)、衣料品店、マッサージ店、カメラ(カメラのナニワ)、アロマテラピー、メガネ屋、携帯ショップ(soft bank)、携帯ショップ(docomo)、薬局(コクミン)、旅行代理店(JTB)、宝くじ、ブランド・ジュエリー、飲食店(551蓬莱)、ファーストフード(モスバーガー)、お菓子の専門店(まるしげ)、飲食店&居酒屋(蕎麦屋→美味しい)、飲食店(ザ・どん)、飲食店(たこ焼き)、飲食店(すし)、携帯ショップ(AU)となる。

ドーチカを出て少し歩いたオフィスビルのロビーでイサム・ノグチの作品の写真に出会う。

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大阪市平野区にある平野本町通商店街を歩く。

平野商店街は父の墓参りの帰りに通る商店街である。

子供の頃、路面電車の阪堺電気軌道電車平野線の終着駅が平野駅だった。
今は廃止されているが、廃止になる最後の日に平野駅から天王寺駅まで
乗った記憶はいまだに鮮明に残っている。

大阪の商店街のHPには次のように紹介されている。

商店街近隣は歴史や文化が豊富であり、加えて誇りや愛着を感じている住民が数多く住居しています。

この人々と共に安心して住める街作りに参加して、安心して「お買い物」のできる商店街として広く認知されたいと思っています。

そのため、当商店街のホームぺージは、以下の3種類のコンテンツ(情報の内容)より構成しています。

①商店街各店の紹介
②地域の伝統行事の紹介

具体的には、現在の段階では平野郷の夏祭りの紹介だけですが、将来は大仏寺の万部お練りの紹介もしていきたいと思っています。

[①]地域の諸団体の情報平野連合町会、平野西連合町会等の町会活動の案内をしています。

今後は、小学校・中学校の総合学習での商店街内での活動状況の情報を発信を予定しています。

平野郷HOPEゾーン事業活動をしている平野和郷衆との交渉も終えましたで、街作りのニュースの発信も予定しています。


平野商店街の近くにある杭全神社・平野郷夏祭りも大阪府が推奨する大阪ミュージアム構想にはいっているようだ。

平野のソフトを考えるのに、平野出身の音楽家服部良一を忘れてはだめだろう。

元終着駅の方の入口から歩いてみる。
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1ブロック目の左側はシャッター店、きもの、シャッター店、花屋、住居、ブティック、ブライダルサービス、クリーニング、シャッター店、つどいの広場、シャッター店、道を挿んで、シャッタ−店3軒、ブティック、スペース、整骨院、ブティック、漬け物屋、毛糸、住居となる。
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1ブロック目の右側は、シャッター店、洋傘、レディスショップ、鶏肉屋、道をはさみ、喫茶店、シャッター店、花かつお店、魚屋、金物屋、肉屋、住居(閉居)道をはさみ、住居、シャッター店、カジュアル、毛糸、かまぼこ、シャッター店、住居、魚屋、シャッター店、肉屋、鉄板焼き、シャッター店となる。
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2ブロック目の左側はお茶屋、整骨院、うなぎ販売、すし、服屋、眼鏡、花屋となる
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2ブロック目の右側は化粧品、住居、シャッター店、惣菜屋、ブティック、八百屋、シャッター店となる。

3ブロック目の左側は、建築予定地、シャッター店、昆布、シャッター店、魚屋、シャッター店2軒、道をはさみ、ブティック、倉庫、かばん、薬局2軒、化粧品店となる。

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3ブロック目の右側は浴室・バスオール、整骨院、シャッター店、住居、レディスショップ、キムチ、シャッター店、総合案内所、スペース(自動販売機)、シャッター店、幼稚園入口、お茶屋、衣料、肉屋、薬局、シャッター店2軒、リサイクルショップ、豆腐屋、鞄屋となる。

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このブロックは店が密集している印象。

4ブロック目の左側はマンション、布団屋、旧家(閉居)、紳士用品、文具屋、不動産屋、シャッター店、道をはさみ、魚屋、整骨院、シャッター店、マンション、ローソン側面となる。

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4ブロック目の右側は、本屋、中華屋、朝日新聞販売店跡地、(株)小林新聞舖、寺、カラオケ、シャッター店、歯科医院、道をはさみ、呉服、着物屋、シャッター店、スポーツ用品、シャッター店2軒、お菓子、シャッター店、飴屋さんとなる。
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歩くとシャッター街も多い。その中には、明治や大正ロマンの香りが漂う

人通りは少ないが、杭全神社や寺が多いため、杭全神社の祭りの際は人通りが多いのかもしれないと。

シャッター通りの商店街を見るたびに思う。そういう商店街や商店は環境の変化に対応できなかったのだろうかと。店に置いているものしか売らない。また売る努力もしない。こういうものが欲しいと言っているお客さんのニーズをくみ取らない。等々

やはり売る努力とお客さんのニーズをくみとるなかで信用やブランドといったものが生まれてくるのではないだろうかと思うことがよくある。それは現在、フリーランスとして働いている自分が一番実感していることだ。

そういう努力なく、机上の空論でぱちゃぱちゃやる評論家だけにはなるまいととシャッター店を見ていて考えてしまった。

大阪市平野区旧平野郷地区では1980年より"おもろいで平野"という平野の町づくりを考える会の活動を続けられている。

ーひとりひとりの、小さくて、持続的な、まちづくりー

・町ぐるみ博物館
・平野弁で歌う第九コンサート
・おんなぐみ
・国際交流
等々の試みをされている。

家に帰る途中,三起商行本社前を通る。
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黒川紀章氏(KISHO KUROKAWA)設計のようだ。

THE BIG ISSUE JAPAN 40号(2005.12.1)のスペシャルインタヴュー記事"奈良美智+graf"を読んだ。

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表紙は、奈良美智氏の作品であり、印象にのこる作品である。奈良美智氏の子供をモチーフにした作品を見ると、たまに見る下流インテリのブログで紹介されている作品を思い出しもする。

奈良美智氏の作品を目にすることはあっても、作者である奈良氏自信やその活動は全く知ることはなかった。

よくあの子供たちは、いつ誕生したんですか?と聞かれるけど、モチーフそのものは表面的なものだから、わからないよね。僕の作品に限らず、世の中は一番最後にあるものの表面を見て、新しいだとか、若いのに成功して偉いだとかもてはやす。でも、本当は蝉のように人知れず地中にいる長い時間があって、その何かをやり続ける長い時間があって、その何かをやり続けることで自信になったり、力になることがある。有名になったり、成功したりすることよりも、僕にはそのことの方が大事に思える。

記者の稗田和博氏が奈良氏について書かれている記事もいい。"借り物じゃない、自分の頭と身体で体験したものの中にこそ、リアリティと本物がある"。

記事には、奈良氏の無名のドイツ留学時代味わった「孤独感」と「解放感」の狭間の中で実感した奈良氏の心境を引き出している。

自分は絵が好きなだけじゃないんだ、自分の存在証明のために描いているのだ、絵がなければ自分は居ないのも同然なんだ。

筆一本でアイデンティティを獲得できる画家はすごいなと思う。学生時代のイベント活動で現代美術家がポスターとして僕の顔を描こうかと打診した時に、プロデューサーがNONと言ったことを思い出した。あれが、OUIであれば、今頃浅草くんだりの美術館に展示されていたかもしれないと惜しい記憶を思い出した。

ナ・トワはどのように存在証明をするのだろうかと生き延びていたら、100万人のキャンドルナイトに参加しながら考えようか。

100万人のキャンドルナイトがやってくる。

でんきを消して、スローな夜を!!

枝廣淳子さんのエッセーで知った試みである。

呼びかけ人に、懐かしい女流作家の名前を見つけ、涙がでそうになった。

大阪は12月3日(茶屋町)と5日(西梅田)である。

ピカピカのまちのまんなかで、すーっと気持ちがすきとおる時って、あるだろう? いつもは見えないけれど、ここにはずっと、 キャンドルの森があるんだ。

ねえねえ
なんだかこころのあちこちが
ぽかぽかしてきたよ。
こんなに寒いのにどうしてだろう。

もうきみは、キャンドルの森にいるよ。
きょうは年に2回のキャンドルナイト。
きっと知らないうちに、何かに気づいて
やさしい気持ちになって、
自分がまっさらになってゆく
その感じ、ずっと覚えておくんだよ。


ひと澄む街へ
ふたつの森のキャンドルナイト


明日はクライアントがデザイン・設計したアプローズタワーツリーを拝もうか。

12月3日のキャンドルナイトは、クライアント本社前、クライアントのホテルとエンターテイメント施設、ファッションビルにもキャンドルがともされる。

ちょうどクライアントに訪問中だろうか。参加したいものだ。

地球白書 [2007-08] 都市の未来 ―ワールドウォッチ研究所』第5章のコラムに二つの街の環境への取り組みが紹介されている。

〜日照市〜
中国北部、山東半島に位置する日照市は、"太陽エネルギーで街おこし"に取り組んだ。市の名前によく似合う。

本書によると、

日照市は、読んで字のごとく、中心地区の世帯の99%でソーラー給湯設備が利用されており、信号機、街灯、公園のイルミネーションもほとんどが太陽電池式である。郊外町村のソーラー給湯利用世帯は30%超、太陽光エネルギーを用いた調理設備を使用している家庭も6000世帯を超える。近郊の農業地帯でも六万棟あまりの温室にソーラーパネルが張られ、経費節減に一役買っている。同市に設置されているソーラー給湯パネルは合計50万平方メートルを上回っている。

太陽エネルギー利用がもたらしたものは、石炭使用量が減少して、環境改善にもつながり、環境保護モデルに指定されたという。また、環境は人も呼び込み、。観光客が増加し、大学や教員住宅の誘致も決まっているという。

〜マルメ〜
スウェーデンのマルメでは、"環境にやさしい再開発で街おこし"に取り組んでいる。マルメには、人体の動きを模して設計されたというターニング・トルソが、「近年の産業公害と失業を払拭し、環境的、社会的、そして経済的に持続可能な将来を目指す取り組みの象徴」として建築された。

マルメの再開発のキーワードは地元の再生可能エネルギー利用であると紹介されている。

環境への取り組みがマルメに変化をもたらしたという。

1997年以降、多くのIT/電気通信企業が事務所を開設し、98年には環境、自然資源保護、民族性、ジェンダーを専門とするマルメ大学が創設されたという。各種イベントも増え、住宅建設も増加し、一方成人失業率は減少し、高等教育をうけた市民の割合が増えたという。

本書には負の問題としての犯罪や移民の問題も紹介されているが。

仕事の行き帰りに、『地球白書 [2007-08] 都市の未来 ―ワールドウォッチ研究所』第4章 公共交通都市ークルマ依存から「歩きやすい街」へを読んだ。

冒頭は、1978年に廃止されたオーストラリアのパースーフリマントル区間の鉄道が、復活された話から始まっている。復活に至った経緯は、①パースの「鉄道の友」の熱心なロビー活動②79年の世界的な石油危機による石油を燃料とするクルマに依存した交通システムの疑問視であり、「クルマ」依存都市からの脱却が図られた。2005年には石油価格の急騰により、利用者は年間700万人から4700万人に急増したという。

その効果は、駅付近の土地が仕事と生活の場として人気を集めるようになったこととクルマによる移動の15%以上が公共交通機関や自転車の利用への切り替わったことにあるという。

世界の潮流は、「環境にやさしい」都市交通であるグリーン交通へ移っているのだろうか。

本書には、公共交通は優れた公共空間を創り出すとして、公共空間プロジェクトに取り組んでいる方が紹介されており、「交通を公共空間としてみなすべきだ」という観点を呈示している。

この観点から見ると、高速道路は望ましい公共空間ではない。しかし、クルマと自転車と歩行者のための空間があり、バスや路面電車が走る通りは、すべてが優れた設計のなかで収まる。誰にとっても魅力的で有機的な土地利用が行われれば、「環境にやさしい都市」がそのまま「機能的な都市」になる。

小さな川の上にあった主要幹線道路を撤去し、景観の優れた河岸の再生を行ったデンマークのオルフスでは現在、人が集まり、地域への投資も高まっているという。

本書には、グリーン交通を支える鉄則が示されている。

一.公共交通は、重要な交通ルートすべてにおいて、もっとも迅速に移動できなくてはならない。 二.グリーン交通の選択肢があるところで、居住および勤務する人の数を増やさなくてなならない。 三.時間短縮には、公共交通のサービスのレベルと接続性について考慮しなければならない。

この鉄則にそって、公共交通優先の都市を再構築している都市がある。

〜デンバー〜
現在公共交通が利用される割合は低いデンバーにおいては、鉄道建設を中心に交通網を再構築中である。
〜バンクーバーから
人口が減少し始めたバンクーバーでは質のよい都市空間、自転車と歩行者のためのインフラストラクチャーの整備、運行の正確な電車と電気トローリバス。人口密度の高い居住ビルをつくったことにより、交通形態の変化がもたらされたことにより、自動車利用が減少し、自転車と徒歩による移動が増え、人々も市内への移り住みようになったという。
〜パリ〜
パリでは公共空間を取り戻そうと、市内のクルマの数を減らす対策を進めているという。
・320キロメートルに及ぶ自転車専用道路の建設
・クルマ用の一方通行の急行レーンを、街路樹が並ぶ自転車用の双方向交通道路に改造
・年間5万5000台分の路上駐車のスペース撤去
等々

「クルマのために地域を設計すれば、クルマの数は増える。人間のために設計すれば、気持ちよく歩ける、生活しやすい地域ができる」

確かにこれからの都市は、「人間優先」の都市政策がすべての基本なのであろう。

ちなみに富山市では、富山ライトレールという路面電車化を実行している。そのコンセプトは、<安心>、<快適>、<環境>、<地域>である。

大阪でも歩行者と自転車のために、「グリーンストリート」の確保を願いたい。個人的には、大阪に路面電車が復活し、スローロードな通勤をして仕事をしたい!!

創造村をつくろう!―大阪・キタからの挑戦』(晃洋書房)の第1章 創造村 構想と趣旨を読む。

本章には扇町創造村構想について記載されている。

〜名称〜
扇町創造村あるいは扇町芸術村(仮称) 
本書にはこの運動が本格的に始まるときに、正式名称が決まると書いています。

〜対象地域〜
大阪市北区のうち、中之島を除く全域が対象となっています。地域としては、中津、梅田、天満・西天満、天神橋筋、中崎町、南森町がカバーされています。

〜目指すもの〜
創造活動のインキュベータとして、多くのクリエータ、アーティストがこの地を拠点として、全国的・世界的に活躍する町を目指しているという。そして、芸術の新しいジャンルが育つ町をつくると。

〜期待される効果〜
①この地域から先端的なモードやライフスタイルが発信されるようになる。
②全国から若いクリエーターや芸術家が集まり、活躍する町となる。
③この地域がインキュベータとなり、多様な第四次産業、第五次産業が育つ。
④ここで生まれる新しい傾向がアジアや世界に発信される基盤となる。
⑤芸術を含めた新しい思想運動の震源地となる。
⑥世界の知的活動・創造活動のひとつの拠点として求心力となる町になる。

〜具体的な方策〜
創造村の意義と可能性を理解し、その実現に協力してくれる多様な個人・団体の緩やかなネットワークを組織するとある。


"創造村をつくろう"活動を注視しておこう。

創造村をつくろう!―大阪・キタからの挑戦』(晃洋書房)7章 創造都市における商店街の役割を読む。

大阪の表玄関である北区の商店街の活動が紹介されている。北区の商店街は現代の大阪の消費文化を支える一つの大きな地区にあるため、都市開発等の環境の変化及び大型店の立地等、外部要因によるストレスを多くうけてきた経緯がある。

「地域に根ざす商店街と地域は『運命共同体』である」と商業人であるまえに地域人として立脚し、地域のまちづくりから活動は始まったという。

①官・民・学が一体となったまちづくり
商店街、地域さらに専門家、行政を巻き込んだ住民主導のまちづくりが行われたと。
②「扇町キッズプラザ」の誘致
幾つもの調査、構想、提案づくりを介し、行政との話し合いを通じて、「扇町キッズプラザ」の誘致が結実したと。
③天満天神橋繁盛亭
落語の定席を復活させたいという希望の計画の実現に一役をかったのも、地域の人間関係、人的ネットワークであると。

天神橋商店街の土居会長はいう。

商業だけではだめ。まち商人なら、まちの原点を思い起こす。地域の中の文化を洗い出して、そこから新しいものを生み出していく。遠回りのようでも、結局それが早道という気がします。

商店街における役割の真骨頂がこの言葉に凝縮されているような感じがする。

山崎元著『新しい株式投資論―「合理的へそ曲がり」のすすめ (PHP新書)』を読んだ。

投資歴約10年で、現在保有銘柄は16銘柄ほどである。銘柄の株価を見る事はほとんどなく、半期と年度に送られてくる決算情報を見るぐらいの付き合い方になっている。友人のアドバイスで、なかなかの運用利回りになっているが、カネのない時代に購入しているので、投資額自体がしょぼいのであるが。

最近はほとんど売り買いすることもない。10年前に初めて買った銘柄が長期間ブス株よろしく低空飛行を繰り返していたが、2〜3年前ぐらいから1年ぐらいにかけて急上昇し、美人株に様変わりしてしまったのを売った際にわからないものだなという感覚を得た。

その頃、橘玲著『臆病者のための株入門』(文春新書)を読んだときに、株はギャンブルなんだなということを認識することになった。

山崎元氏の書物は数年前に古本屋で『お金がふえるシンプルな考え方』(ダイヤモンド社)で購入して、斜め読みしたぐらいであまりイメージがなかったのであるが、今回『新しい株式投資論』に関しては、興味深く読んだ。

本書の第1章のタイトルが「ゲームとしての株式投資入門」とあり、株式投資をゲームとしてとらえ、株式投資はギャンブルと言い切るスタンスは今の自分にとっての株式投資観にビビッドに響く。

だいたい、プロ、アマを問わず、株式投資家の思想には、大きく二つのタイプがある。一方は、企業には絶対的な投資価値が存在し、その投資価値は、いずれ遠からず株価に反映するのだから、他人に関係なく、自分の信じるところに従って、投資対象企業の価値を分析すべきだと考える。真実を求めて、わが道を行くタイプだ。対して、他の市場参加者の行動をどう予測して、自分がどう行動するかが、株式投資の本質だと考える投資家もいる。こちらは、株式投資を一種のゲームだと捉えている。

老松通りは、古美術、ギャラリーなどのアート関係の店舗が多く、かっては、天神の表参道として、大阪の表玄関であったそうだ。

淀屋橋から橋を渡り、このあたりを歩くのが好きなのだが、町並みは瀟酒なたたずまいで、京都の街に近い雰囲気を醸している一角である。老舗の昆布屋、美味しそうなコーヒーが飲めそうな喫茶店、画廊が並ぶ。

老松・西天満地域をアートをテーマとして活性化する「老松西天満アートストリート構想」があることを知り、興味を持ちました。

目下、大阪芸術大学、地元の西天満小学校、北区の教育機関キッズプラザなどとも連携し、アーティスト、大学生、小学生、先生方などの七夕アート作品を展示する「七夕アートストリート祭り」の「七夕アートコンテスト」を企画し進めています。これは、地域の主人公同士が合同して地域活性化について考える初めての試みであり、その精神はアートをテーマにしたコラボレーションにあるのです。

落ち着いた雰囲気の通りで、こころが和みます。

近くにはいくつかの素晴らしい建物がある。

■日本銀行大阪支店

設計は辰野金吾

■大阪市中央公会堂

設計は辰野金吾

■大阪府立中之島図書館


枝廣淳子さんの"あたりまえの世界から一歩踏み出そう"というエッセイにデンマークの第2の年オルフース市の試みが紹介されている。

人口約40万人の港町であるオルフース市民の主な交通手段は自動車であり、自動車を使いやすいような都市開発が行われていた。市では、1993年に自転車中心の都市改造計画を打ち出したという。

①車を市内から締め出し、市内の路上駐車を禁止する。
②車を締め出した道路は自転車だけが走れるようにし、駐輪場を市内各所につくる。
③その内側はすべて歩行者道とする。
④運河を復元し、船による水上交通を整備する。

エッセイには、オルフース市は計画から3年で「自転車都市」に生まれ変わったと書かれていた。

プラン実行時にはもちろん反対意見も多数あったそうだが、市は地区別に改革プランをつくり、新聞等により、住民の声を聞き、その声をもとに計画を修正するという作業を繰り返すことにより合意を得るというプラグマティックな手続きを踏んだことが紹介されている。また、市は環境にやさしい交通手段である自転車とバスを応援するキャンペーンも行ったという。

その結果、次のような効果が現れたと記載されている。
①自転車通勤者が半年のうちに1割未満から6割に増加
②自転車と歩行者が増え、その交通手段の生活圏である商店街の売上が増加し、街に活気が蘇る。
③排気ガス、騒音、二酸化炭素も激減した。

人の住み良い町づくりは、やればできてしまうんだなという事例である。

(枝廣淳子著『7分後、7年後の幸せなあなたへ エコから学ぶ「自分マネジメント術」』(朝日新聞社)

「身体に鞭を打つ。」大学時代の親友が、卒業後の怠惰な僕に言ってくれた言葉だ。親友は横浜の裕福な家で育っていたが、大学時代の5年間?(確か、残る単位を揃える試験の日を間違い、当日面白山にて、スキーを堪能して1年長く過ごしていたと思う。)3時起きという新聞配達に精を出していた親友から発せられた言葉はことの他重かった。

現にこうして会計士として働けている一つの大きな要因は親友のこの言葉である。

そして、今その言葉を自問しながら、作業をしている。夜12時に帰宅し、そこから作業を少ししてベッドにはいり、朝寝不足気味で仕事場に向う生活は、スローライフを標榜する自分にとっては少しつらい。

本日はクライアントへの訪問時間より早めに着いたので、少しクライアントの周りを歩いた。そして、会計士の勉強をしていた専門学校があったビルの周りに立ち寄った。昨日会計士試験の合格発表があったようだが、僕がここで勉強していたのは、10年前かと感慨にふけった。

予備校でも、専門学校でも、テレビ局でのバイトでも、そして現在仕事でと縁のある場所だ。

酔っぱらいのサラリーマンたちがわいわい騒いでいる前に立ち、松下幸之助著『私の行き方考え方―わが半生の記録 (PHP文庫 マ 5-5)』を読み進めた。

今思うと、すべて物はこういう形においても成り立っていくのではないかと思う。なかなか予期したとおり、たてた方針どおりになりがたいものである。よく「辛抱せよ、辛抱せよ」というが、辛抱しているうちに、たとえそのことが成り立たなくとも、周囲の情勢が変わってきて、そこに通ずる道ができるとか、またその辛抱している姿に外部からの共鳴、援助があるとかして、最初の計画とは大いに相違しても成功の道に進み得られるものであると思う。

仕事をしていて頭が痛かったが、松下幸之助氏の文章を読むと不思議とスカッとする。

頭にも鞭打たないといけないようだ。

土曜日版の日本経済新聞近畿経済に掲載されている"今どき商店街"をよく読んでいる。

今日は兵庫県赤穂市にある花岳寺通商店街にある関西福祉大の学生たちが昨夏オープンした商店"大福"が紹介されている。

記事によると、契機は兵庫県の支援を受けて、空き店舗対策として開設されたという。

当初は土曜日と日曜日だけの営業で、地産治地消を基本に地元の野菜のほか、福祉施設や学生たち手作りの装飾品などが並び、またたくまに売れるという繁盛店になっているという。

現在は週末以外の水曜日に高齢者ボランティアが店を開け、週三回の営業となっているという。

花岳寺通商店街振興組合の理事長は「客も商店主も高齢化し、後継者もままならない状態で外部から血を入れるため空き店舗に入ってもらった」とコメントがのっている。

大学側としては「地域に飛び出して実際に問題に対処することはケースワーカーをめざす学生に役立つ体験」とコメントされている。

ある学生は、「『毎日会わないと寂しい』と言われ、街にとけ込めたことに感激した」と。

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