以前にコメントを頂いた尼崎の三和本通商店街の市の輔さんががんばる店を支援するような環境づくりをするという意味のことが書かれていました。
これはまさしくがんばる人を応援するという行動規範や振る舞い方といった組織文化、あるいは商店街文化を作っているのだろうと思います。
市の輔さんが立ち上がり、それに共感する人が立ち上がり、そういう雰囲気が醸されてきととき三和本通商店街はすごく暖かな文化を構築することに成功するのだろうと思います。
それは商売人であっても、お客の立場であっても、いろいろな立場の人が、そのすごく暖かな文化に関係を持ちたいと思う人が集まるのでしょう。
この文化を作るのは即できるものではないでしょう。地道に一歩一歩形成されていくものだと思います。
インスタントに作れるものは、インスタントに崩壊すると思います。
その過程が地道であればあるほど、確かな何かが生まれてくるのだろうと思います。
地道に継続してやること、それが一番大事なことだと思います。
僕は知合いのピアニスト濱倫子さんのCDを聴きながら、そんなことを考えています。
なぜなら、濱さん自身が、地道に継続して、自分の世界を創り出し、それに共感する人が日本にも世界にも増えています。
年一回行われる日本のコンサートで、あるいはCDを聴くことにより、濱さんとそのファンが創り出した文化にシンクロしているのかもしれません。
その心地よさが、濱サンを初め、ファンのみなさんが創り出した組織文化なのでしょう。ファンのみなさんは音楽だけを聴いているのではなく、濱さんの演奏を通じて、クラシック音楽をライフスタイルに取り込み、何かを経験しているのかもしれない。(濱サンのCDは音楽厨房さんに問い合わせ下さい。)
話をもとに戻すと、立ち上がったひとやがんばっているひとを応援するという市の輔さんがおっしゃったような文化はこれからの地域再生や商店街活性化に必要な文化の一つでしょう。
記憶しておこう。
僕たちはがんばっている人を応援することを通じて、逆に僕たち自身が鼓舞されるという体験をしていることを。
natoityさま
私ごときが、思ったことを書いたことに、こんなに大きく取り上げていただき恐縮です。
文中に出てくる「鼓舞」(こぶ)という大変、意味深い表現に胸をうたれました。
ピアノの話題が出ていましたので私も少し。・・・・・・・・・・・・・・
ピアニストのイングリッド・フジ子・フェミングさんがテレビ・ドキュメント番組で挫折から彼女が立ち直るきっかけになったのは画家のゴッホの生き様だったらしいです。
彼女が挫折から立ち直る支えとなった画家のゴッホの生き様。「ゴッホは生涯で千点近い作品を描いたのに生きている間に売れた作品は一点しか無かった。」
売れない絵を何故、生涯、描き続けたのか?絵を描かずにはいられぬほど絵が好きで、それが自分そのものであって、今、ここに生きている自分の証(あかし)だったのかも知れないですね。
フジ子・フェミングさんは、そんなゴッホのあまりにも悲惨な生涯と自分の人生とをクロス(鼓舞)させ奇跡の復活を遂げたのだと思います。これは、あくまでも、それを聴き支持する多くの聴衆が復活させたとも考えられます。素晴らしいことです。彼女が生きている間に、それが素晴らしいとわかる人達に巡り合えたのですから。
大切なことは、ここで。頑張る人を支援/応援する。は、物的また他の特別な施しをする事では無く。暖かく見守るって事だと思います。出来れば邪魔をしないことですね。
団体や組織などは、どうしても過去から継承された考えや方程式を保守的に守ろうとするものです。だからこそ、意欲のある人やお店は、暖かく見守ってほしいですね。結果は二の次だと思います。お客様が判断されることだと思われるからです。
※いつもくだらない投稿をお許しください。
市の輔さん
コメントありがとうございます。フジ子・フェミングさんの音楽紹介いただきありがとうございます。
聴かせていただきたいと思います。
また、アドバイスいただけると助かります。
natoity さま
アドバイスだなんて恐れ多いです。
ただ理屈ぬきで素晴らしいものは素晴らしいって事ですね。
私も、あるレコード店で、このピアノの旋律を聴き釘付けになり
係の人に聞きCDを購入しました。
素晴らしいことに理屈や解説は不要です。むしろ、それを素晴
らしいと感じる感性なりアンテナが重要なのですよね。
フジ子・ヘミングさんが奏でるLa Campanella奇跡のCampanella 皆様も、どうぞ
http://jp.youtube.com/watch?v=HUXBD-UjfTI
市の輔さん
アンテナですね。共感します。
アンテナが重要。
最近ずっと意識していることです。反省しつつ。