仕事の帰りのターミナール駅で、ビッグイシュー115号を300円で購入した。

以前の投稿記事『商店街の危機と新自由主義』でも取り上げた"中島岳志の眼"の続き「発寒商店街の逆襲」である。
寂れる北海道の発寒商店街の取組みのスタートが記載されている。
商店街振興組合の人たちから発寒商店街の状況を聞き、「なんとかしたい」と立ち上がった。
その時に思い出したのが、大阪中崎町の試みである。
中崎町が変わり始めたのは1990年代の終わり頃からである。この町の雰囲気とそこに息づく人間関係に魅了された外部の人が徐々に長屋を改造したカフェやショップを開店し始めたのだ。彼らの多くは、地元の人たちとじっくりつき合い、共同体とかかわりをもちながら、町に溶け込んでいった。
ちょうど1990年代の後半に会計士試験の勉強をしていたとき、最寄り駅ではないこの町の駅を使って専門学校の行き帰りをしていた。街の雰囲気が気に入った。
現在は中島氏曰く「話題の町」となった中崎町の"地域の潜在力を引き出す街づくり"を発寒商店街に応用できないかと、「商店街カフェ」のオープンを提案されたとある。
提案後の流れは次号とのことだ。
中崎町は能舞台もありたまに訪れるのだが、最近は遠のいているので、今度散策してみよう。
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