平成21年10月5日付けの河北新報社の記事【土門拳生誕100年、酒田で講演会 柳田邦男さん】を読む。
記事によると、「元NHK記者の柳田さんは「就職が決まったころ、貧しい炭坑街の写真集に出会い、記者として見なければいけない現実が何かを教えられた」と振り返った。」とある。
柳田邦男氏はよく知らないが、僕が本当に若かった頃に、医学部の図書館にて「犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)」を読んだことは覚えている。
さて、土門拳記念館になかなか行けていないな。
平成21年10月5日付けの河北新報社の記事【土門拳生誕100年、酒田で講演会 柳田邦男さん】を読む。
記事によると、「元NHK記者の柳田さんは「就職が決まったころ、貧しい炭坑街の写真集に出会い、記者として見なければいけない現実が何かを教えられた」と振り返った。」とある。
柳田邦男氏はよく知らないが、僕が本当に若かった頃に、医学部の図書館にて「犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)」を読んだことは覚えている。
さて、土門拳記念館になかなか行けていないな。
平成21年4月21日付けの河北新報の記事【山王祭鮮烈、初公開含む30点 土門拳記念館】を読む。
記事によると、「山形県酒田市の土門拳記念館で20日、今年の酒田まつり創始400周年に合わせた特別展として、「山王祭と酒田の風物詩展」が始まった。まつりの前身の山王祭を撮影した土門の未公開作品などを展示している。」とある。
未公開作品か、見に行きたいな。
土門拳のリアリズムの背後にはヒューマニズムというのか愛があるね。
金を貯めて、いかないと。
請求書の発行手続きを至急にしてくださいと電話があった。3月の締めでいくつかの請求書をすでに発行完了していたが、ひとつの案件の注文手続等が遅れたため連絡が入ったようだ。
移動中であることと請求フォーマットを手持ちのPCではなく別のPCのローカルに保存していたため、次月に回すことができないかを確認すると、金額的に決算に織り込みたいのでと回答を受けた。
上場企業の決算にインパクトを与える金額とは思えないが、PDFで送るということにして移動のなかで作成した。手持ちのPCに過去のフォーマットが残っていたため、それを加工して送った。
話がかわり、出張時に時間があいたので原爆ドームと平和資料記念館を訪れた。大学生時代以来の訪問である。6年ほど前に、出張で訪れた監査クライアントの子会社のオフィス(今では自社ビルがドンと立っているが)の窓から見た記憶があるが、その時は時間がなく訪問できず、機会があればと思い続けていた。
外国人も多い。
近くには川が流れているが、この川を見ると、詩人原民喜の『夏の花』を思いだす。あまり小説は読まないが、広島を題材にした秀逸の文学作品であろう。
平和資料記念館で、平和について考える。
平和資料記念館の建物は素晴らしい。丹下健三設計のようだ。僕は他の丹下作品を知らないが、伝統と近代が弁証法的に統合されているようだ。
シンプルだが、質素ではない。贅沢を知っている人なんだろうね。
HIROSHIMAから、土門拳の作品『ヒロシマ』を再び見たいという思いがつのる。
PS.ひさしぶりに鶴寿しで寿司を堪能した。(『今月の地味な逸品(7)』)
あなごがおいしい。
平成21年3月22日付の新潟日報の記事【土門拳の生誕百周年で記念展】を読む。
記事によると、「「古寺巡礼」などで知られる写真家土門拳の生誕100周年記念展「日本の美・日本の心」(駒形十吉記念美術館など主催)が、新潟市中央区のNSTギャラリーで開かれている。仏像の美しさや人間の存在感を写し撮った作品が並ぶ。」を読む。
昨年ぐらいからとみに見たくなった写真家である。
大阪でもやってくれないかな記念展。
平成21年3月21日付の日本経済新聞の文化欄に土門拳の作品「藤田嗣治」が載っていた。
「写真がとらえた日本人画家たち」展(倉敷・大原美術館、4月12日まで)に展示されているという。
藤田嗣治という画家の作品はいくつか見た。好きではないが、うまいなあという印象である。
どこかで「自画像」という作品を見たときに、こういう人がこういう絵を描いているんだと不思議な印象をもっていたのだが、今回の土門拳の作品を見て、個人的に納得することもあった。
真摯であるが、お茶目な画家だったのだろうか。僕が見た藤田嗣治の作品「自画像」は「名古屋市美術館 20年のあゆみ展」(名古屋氏美術館、3月29日まで)展示されているようだ。
機会があれば、名古屋市美術館と大原美術館に訪れたいものだ。
「写真がとらえた日本人画家たち」展には土門拳が怒らせた画家梅原龍三郎の絵も展示されているのだろうか。
土門拳記念館に行きたいと思いつつ、行けていない。
平成21年2月5日の山形新聞の記事【澄んだ池へ"大掃除" 土門拳記念館脇の「拳湖」】の写真をみていて、ああ行きたいなと思う。
ビビッドに響いた写真があるのだが、思い出せないのだ。
それが気がかりで、数十年前なぜその1枚の写真に釘付けになった自分を再認識したいものだ。
通勤中読んでいた本でアインシュタインの言葉が引用されており、意味はよくわからないのだけれど、シンプルに感銘した。
究極の目標は、宇宙のすべてを純粋な演繹によって説明できる普遍的な基本法則を発見することだ。論理的な経路では、この法則にはたどりつけない。ただ、経験に裏打ちされた直感によってのみ到達できる。
訪れたいところに土門拳記念館がある。
大学時代に仙台にいた時に、土門拳の写真を見て2~3度訪れたことがある。
なぜ土門拳を知ったかというのは定かでないのだが、好きな広島の詩人原民喜から敷衍したのではないだろうかと記憶をまさぐる。
土門拳の広島原爆をテーマにした写真はリアリズムの極値であろうか、圧倒されたインパクトを受けた記憶がある。
もうここ長い間土門拳記念館がある酒田にも、土門拳記念館にも訪れていない。
なぜ、今訪れたいかというと。
まず、僕の大好きな小説家の一人堀田善衛が育った酒田の町の雰囲気が好きであること。
次に、土門拳記念館で一番好きだった写真をもう一度見たいと思うこと。(どんな写真だったのか思い出せないのです)。
次に、庭にあるイサム・ノグチの彫刻を再度見たいと思うこと
さらに、勅使河原宏の庭園オブジェを見たいこと
などなどが彷彿としてきたのです。
大阪から庄内空港まで80分とあり、うまくいけたら、商店街と土門拳記念館をみて、一日でいけるなと思うのですが、日常の生活に追われてしまってというのはいいわけでしょう。
だれか、僕の背中を押してください。
いや自分で押さないといけないのでしょう。
最近のコメント
⇒SS
⇒BI Lover
⇒SS
⇒BI Lover
⇒SS
⇒とみやん
⇒SS
⇒匿名
⇒SS
⇒とみやん