週末は、読書と映画鑑賞と音楽鑑賞をしようと机の上に読むべき本と「テオ・アンゲロプロス全集 DVD-BOX III (霧の中の風景/蜂の旅人/アレクサンダー大王)
」を置き、コーヒーを入れ、臨戦体制に入っていたのだが、金曜日の夜の一本の電話で状況は変化して、土曜日は仕事となった。
行き帰りの電車の移動で本を読み進めていたのだが、乗り合わせた3人組の女性たちが、僕の下の名前をchanづけで連呼するので気になって、本に集中できなくなった。話が微妙で僕のことではなもちろんないだろうと思うのが、出てきた苗字がtakahashiで驚いて、3人の女性の顔をちらっとみるのだが、記憶にない。
同姓同名がいるのだろうか。
テオ・アンゲロプロス監督の『霧の中の風景』をPCにセットし見始めた。この作品は映画館で見た記憶があり、印象に残っている作品の一つだ。ぐいぐい飲みこまれるように見ていたら、一本の電話が入り、明日仕事に同席してくださいと電話が入り、DVDをとめて、仕事の準備を行う。
高橋君は人なつっこいから好かれるよと最近クライアントの役員や部長さんからそんなことを言われて、どういう意味だろうと考えたりもする。僕はモリエールよろしくの人間嫌いなのであるが。
午前中の仕事が終わった後、濱倫子さんの公開講座へ行くのに降ろしていただいた場所は、明日訪れるオフィスの近く、開場時間は過ぎているし、食事するところも閉まっており、そのまま、会場へ向かった。
会場があるエントは夜の食事で3~4度訪れたこともあるのだが、(クライアントが保有するビルだと思うのだが)、お日さまが出ている時間に入ったのは初めてである。
名だたる有名ブランドのテナントが各階に入っている。会場はJEUGIA内のホールのようだ。楽器屋さんに入るのは初めてだ。僕が使ったことのあるのはダンバリンかたて笛ぐらいで、店内には縁遠い高級そうな逸品が並んでいる。
ホールに入り、仕事モードを切り替える。
公開講座は、ムソルグスキーとラベルの2曲の音楽を濱さんなりの解釈で解説してくれる。背景を知って、音楽を聴くとまったく異なる世界が広がるようだ。
ピアノで出せる音というのは、指の数からして10本の指が限度なのかなと思いつつ、ラベルを聞くとそのイメージの豊かさに、10本以上の指で音が生成されているような錯覚を感じてしまう。
僕は音楽のことは素人でよくわからないのだが、濱さんはテクニカルな部分と濱さん固有の感性をバランスよく、年月とともに成長されていきているのだろうと思うことがある。
テクニカルな部分だけだと、人は感動しないんだろうね。
武満徹という作曲家がこんなことを言っているのを思い出した。
僕は、そういうことはなんにもわからないけれどね、まあ僕、音楽やっててよかったと思うのは、たとえば音楽の特殊性ね、シェークスピアだって今でも上演されたり読まれたりしてるけれども、ベートヴェンが毎晩演奏されるようにはやられていないよね。音楽では過去の作品を再現するときにでさえ、ポリーニがベートヴェン弾くのと、ルドルフ・ゼルキンがベートヴェン弾くのと、全く違う感動をつくれることよね。そういうところが音楽の素晴らしさでね。なぜかというと、音楽では、過去の作品でいつも動いているわけですよ。それは演奏家が単に書かれたものを、正確にコンピューターで再現するように再演するじゃなくて、きわめて不正確に、その人なりに、その人の生活環境、経験を通してベートヴェンを再演する。それが感動を生むわけでしょう。だから日本人だってベートヴェンを今も、全く日本人なりに感動することが可能でしょう。それは翻訳とか、そういう操作を全然通さないでできてくるわけでしょう。そのように音楽には、決まった形がなくていつも動いていて、たまたまその動いている流れの中に自分がちょっと参加しているということが、僕が音楽をやっていてよかったと思うことですね。(『音楽』より(新潮社))
ムソルグスキーやラベルも、濱さんの世界観というフィルターを通じて、僕らは感動したのだろう。
音楽はCDという聞き方もいいと思うけれど、コンサートで演奏を直接聴くのも演者と観客と舞台が織りなすなんとも言えない宇宙観を通じて、楽しいものだ。
濱さんが覚えていたアイドル見たいな女性と、それこそ友人の演奏会に行った際に、マリー=クレール・アランさんというオルガニストが、「気軽に楽しんでいきなさい」という言葉を投げかけてくれたように、そういう聴き方も、ぼちぼちでんな思う最近である。
演奏後、音楽を聴くというのは、仕事で使う頭の部分と違うところを使っているなと思いつつ、打ち合わせをしたいというオフィスまで歩いて行く。
オフィスそばを通ると、堂島ロールの店がすごい行列だ。日曜日にこの辺にくるのはあまりないので、驚いた。数年前、最初のHPを依頼した業者のお土産に堂島ロールを(そういう呼び名であることは知らなかったのだが)買った時は、客はいず、ストレスなく買えたのであるが、客が客をよんでいるのだろうか。
そんな光景を思いつつ、アイドル見たいな女性のケーキをふたたび食べたいものだと、ふと思っていたら、堂島ロールを大量に買い込んだ初老の方に道を聞かれた。(僕は海外でも、日本でも、日本人にも外国人にもよく道を聞かれる。初めて訪れたまちであっても、こちらが道を聞きたいと人を探している時でも。謎だ。海外で道を聞かれると、だいたい"Are you British?"と聞かれるのだが、僕の知り合いのUSA人にそれを言うと、わかる気がすると。???)
その初老の方をわかりやすい場所まで連れて行き、ここをまっすぐ行ったらありますよと途中まで案内し、オフィス街を横切って行く。日曜日なのに。
昔のクライアントのそばを通ると、その前には外資系会社があったのが、今はマンションになっており驚いた。もう一個の店で堂島ロールを購入して持っていこうと思ったのだが、、すでに完売ということで、和菓子屋にいってみても閉まっていて、結局そのまま、打ち合わせへ。
打合せ終了後、遅い昼飯(晩飯?)を最寄駅に歩いて行く途中のうどん屋で食す。食べながらクラシック音楽とうどんはあわないなと思いつつ、Standing and eatingして家に戻る。
『霧の中の風景』は当分、霧の中で終わってしまいそうだ。
ただ、音楽を聴けたことがひとつの救いであり、ワーズワースだったか、"静謐な回復力"をもって、明日からの仕事に向かおうという気持ちになった。
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